芳年—激動の時代を生きた鬼才浮世絵師 練馬区立美術館

練馬区立美術館  2018年8月5日(日)~ 9月24日(月)

月岡芳年天保10年~明治25年・1839~92)は江戸に生まれ、12歳で武者絵の名手、歌川国芳に入門。幕末は武者絵を中心に、美人画、戯画など師の風に倣った作品を発表してきましたが、明治維新のきな臭い時代背景を通して、武者絵からリアルな戦闘画へと変化を見せます。この頃の作品をして“血みどろ絵”、“無惨絵”の芳年としたイメージが後世まで強く持たれてきました。

ー中略ー

この展覧会は芳年のコレクションとしては質量ともに世界屈指といえる、西井正氣氏の収蔵品の中から選りすぐりの263点で、芳年の画業の全貌を紹介するもので、15年ぶり、まさに待望の公開となるものです。

 練馬区立美術館

 

 

芳年の画業の全貌を紹介する』というので行ってみた

晩年の10年に特色が出てくる

特に大判を縦に並べた錦絵が面白い

芳年は屏風とか掛け軸とかもっと大きい画面に向いてたのかも

 

田舎源氏 大判錦絵竪二枚続  明治18年(1885)

道行きのいかにも典型的な姿

みじめなような色っぽいような

 

元になっているのは

 

偐紫田舎源氏柳亭種彦・歌川国貞 文政14年(1831)

簾をまとう二人の男女は、男が光氏、女が黄昏(夕顔)である。将軍家の蔵より宝刀を盗んだ女賊が、黄昏の母・凌晨だと知った光氏は黄昏を連れて宝刀奪還に向かう。凌晨の留守をついて宝刀を手に入れた光氏は、月明かりに煌めく太刀を隠すため簾をまとう。

立命館ARC

色男のやることだ

 

 

『江戸生艶気樺焼』山東京伝 天明5(1785)

こうならないように気をつけないといけない

 

 

芳涼閣両雄動 大判錦絵竪二枚続  明治18年(1885)

曲亭馬琴南総里見八犬伝』第三輯巻之五

第三十回芳涼閣上に信乃血戦す坂東河原に見八勇を顕す

 

刀を構えるのが犬塚信乃十手を咥えるのが犬飼見八

 

 

 

奥州安達がはらひとつ家の図 大判錦絵竪二枚続  明治18年(1885)

能『黒塚』の安達ヶ原の鬼婆の由来

乳母をしていた公卿の姫の薬にするために胎児の生肝を奪うが

殺したのは生き別れた自分の娘と孫であったことに気づく

春画は描かなかったのかな

血みどろ春画とかあれば見てみたかった

 

 

 

魯智深爛酔打壊五台山金剛神之図 大判錦絵竪二枚続  明治20年(1887)

水滸伝第四回 趙員外重修文殊院 魯智深大閙五台山

花和尚魯智深は酔って仁王像や東屋を叩き壊して五台山を追い出される

 

 

 羅城門渡辺綱鬼腕斬之図 大判錦絵竪二枚続  明治21年(1888)

謡曲羅生門渡辺綱は羅城門で兜を掴まれて鬼の片腕を斬り落とす

 

 

 

新形三十六怪撰 老婆鬼腕を持去る図 明治22年(1889)

歌舞伎『茨木』綱の伯母で育ての親の真柴に化けた茨木童子が腕を取り戻す

 

老婆鬼の着物の裾のあたりの繊細さは実物の絵を見ないとわからない

 どうやってこれほど見事に筆のかすれと勢いとを彫ったのか

 

 

 

風俗三十二相 うるささう 寛政年間処女之風俗 大判錦絵 明治21年(1888)

  これはうるさそう

 

考えて工夫した人だったんだろう

国芳を超えることは難しいし

西洋画をどう取り入れるのかも難しい時代だし

血みどろとかもやってみて人気になったとはいえ

悩みも苦労もあったんだろうな