安宅 あたか 勧進帳 かんじんちょう・くわんじんちやう

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勧進帳 歌川豊国

安宅の関(あたかのせき)

吾妻鏡』文治三年(1187)二月十日の条に、山伏や児童の姿にやつして奥州へ下ったことが見え、『源平盛衰記』巻三十六には、偽山伏を十二人と記す。また『義経記』巻七は、義経の「北国落」を詳述しているが、通過する関は敦賀の兵衛と井上左衛門両人が守る「三(みつ)の口」の関所であり、弁慶が義経を打擲するのは「如意の渡し」のこととしている。なお富樫なる人物は、加賀国富樫庄の大名として「富樫の介」が登場。弁慶一人が来て東大寺勧進の山伏と名乗るのに加賀絹などを寄進している。「安宅」の眼目とも言える「勧進帳の読み上げ」も『義経記』にはない。舞曲『富樫』にみえるが、『平家物語』巻五で、文覚上人が読み上げる「勧進帳」に暗示を得たものであろうとされる。

 以上のごとき説話を、『義経記』に「安宅の渡りを越え」などと記す安宅という地に集約したもの。

 

『日本伝奇伝説大辞典』角川書店 1986

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安宅 月岡耕漁

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能楽図絵 安宅 月岡耕漁

安宅(あたか)

義経主従一行十二人は、兄頼朝の追求をのがれて山伏に姿を変えて都を落ちのび、加賀の国の安宅の関にさしかかる。弁慶(シテ)は東大寺再建の勧進のための山伏と言うが、関守の富樫の某(ワキ)は一行を怪しみ、斬ろうとする。しかし、一行が覚悟して最期の祈祷をつとめると、富樫は勧進帳を読めと言う。弁慶は往来の巻物を勧進帳と偽って広げて読み上げ、通過しようとするが、強力に姿を変えた義経(子方)が見とがめられてしまう。弁慶は杖で義経を打ち、この機転と一同の剛勇で関守を威圧して通り抜ける。一行が山陰に憩うところへ、富樫が酒を持参し、先刻の無礼を詫びてねぎらう。弁慶は酒宴に興をそえて延年の舞を舞って見せ、一行をうながして先を急がせ、奥州へ下る。作者は観世小次郎信光説が有力であったが、近年では疑問視されている。

 

『岩波講座 能・狂言Ⅵ  能鑑賞案内』 岩波書店1989

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勧進帳 豊原国周

くわんじんちやう (勧進帳

歌舞伎十八番の一、謡曲の安宅を脱化して長唄囃子を入れた演舞で、源義経の奥州落に加賀の安宅の関で関守富樫左衛門に見咎められ已に危かつた処を、弁慶が南都東大寺の客僧と称し勧進帳を読みあげ富樫を欺き虎口を脱れた事を脚色した、天保十一年河原崎座で初演、弁慶に市川海老蔵(七代目団十郎源義経に八代目市川団十郎、富樫左衛門に三代目市川九蔵(六代目団蔵)が扮したといふ、其後、弁慶は九代目団十郎の当り役として喧伝され、其門下の松本幸四郎これを屡々演じてゐる。 

 

『東洋画題綜覧』金井紫雲

 

勧進帳 | 歌舞伎演目案内 – Kabuki Play Guide –

 

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加賀国安宅新関武蔵坊弁慶勧進帳読吟欺冨樫趣陸奥之図 錦朝楼芳虎

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絵本冩宝袋 橘守国 早稲田大学図書館

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加賀国安宅関弁慶主従危難救図 歌川国芳

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風流安宅関 歌川豊国

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見立安宅の関 喜多川歌麿