花散里 はなちるさと【源氏物語 十一帖】
源氏物語画帖 花散里 土佐派
(第三段 姉麗景殿女御と昔を語る)
琴をあづまに調べて掻き合はせにぎははしく弾きなすなり御耳とまりて門近なる所なればすこしさし出でて見入れたまへば
(第二段 中川の女と和歌を贈答)
源氏物語絵色紙帖 花散里 詞八條宮知仁 長次郎
をちかへりえぞ忍ばれぬほととぎす ほの語らひし宿の垣根に
寝殿とおぼしき屋の西の妻に人びとゐたり先々も聞きし声なれば声づくりけしきとりて御消息聞こゆ若やかなるけしきどもしておぼめくなるべし
(第二段 中川の女と和歌を贈答)
橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ
(第三段 姉麗景殿女御と昔を語る)
はなちるさと(花散里)
花散里は源氏物語の一条なり。光源氏の君の中川あたりに知る所ありて忍び玉ふことを叙せり。源氏道にて
橘の香をなつかしみほとゝぎす 花散里を尋ねてぞとふ
第三段 姉麗景殿女御と昔を語る
目的にして行った家は、何事も想像していたとおりで、人少なで、寂しくて、身にしむ思いのする家だった。最初に女御の居間のほうへ訪ねて行って、話しているうちに夜がふけた。二十日月が上って、大きい木の多い庭がいっそう暗い
蔭 がちになって、軒に近い橘 の木がなつかしい香を送る。女御はもうよい年配になっているのであるが、柔らかい気分の受け取れる上品な人であった。すぐれて時めくようなことはなかったが、愛すべき人として院が見ておいでになったと、源氏はまた昔の宮廷を思い出して、それから次々に昔恋しいいろいろなことを思って泣いた。杜鵑がさっき町で聞いた声で啼 いた。同じ鳥が追って来たように思われて源氏はおもしろく思った。「いにしへのこと語らへば杜鵑いかに知りてか」という古歌を小声で歌ってみたりもした。「橘の香をなつかしみほととぎす花散る里を訪ねてぞとふ
昔の御代 が恋しくてならないような時にはどこよりもこちらへ来るのがよいと今わかりました。非常に慰められることも、また悲しくなることもあります。時代に順応しようとする人ばかりですから、昔のことを言うのに話し相手がだんだん少なくなってまいります。しかしあなたは私以上にお寂しいでしょう」
と源氏に言われて、もとから孤独の悲しみの中に浸っている女御も、今さらのようにまた心がしんみりと寂しくなって行く様子が見える。人柄も同情をひく優しみの多い女御なのであった。人目なく荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ
とだけ言うのであるが、さすがにこれは貴女 であると源氏は思った。