朝顔・槿 あさがお・あさがほ【源氏物語 第二十帖】
(第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影 第二段 夜の庭の雪まろばし)
朝顔 土佐光信
しをれたる前栽の蔭心苦しう遣水もいといたうむせびて池の氷もえもいはずすごきに童女下ろして雪まろばしせさせたまふ
(第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影 第二段 夜の庭の雪まろばし)
源氏物語絵色紙帖 槿 詞烏丸光賢 土佐光吉
遣水もいといたうむせびて池の氷もえもいはずすごきに童女下ろして雪まろばしせさせたまふ
(第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影 第二段 夜の庭の雪まろばし)
源氏物語図屏風 俵屋宗達 Minneapolis Insutitute of Art
(第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影 第二段 夜の庭の雪まろばし)
あさがほ(朝顔・槿)
源氏物語の一節に「あさがお」あり、式部卿の宮の姫君にて、加茂の斎に立ち玉ふ故に。あさがおの斎院とはいうなり。源氏の君之に思いをかけ、屡々通われたれども心強くして従わず、其の後伯母なる桃園の宮の手に一所に御座はしぬ。源氏「見し折の露わすられぬ朝がほの 花のさかりは過ぎやしぬらん」とあり。後には尼となるという。
源氏物語図屏風
(第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影 第二段 夜の庭の雪まろばし)
源氏物語画帖
現時五十四情 第二十号 朝顔 豊原国周
見し折のつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ
第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃
第三段 帰邸後に和歌を贈答しあう
不満足な気持ちで帰って行った源氏はましてその夜が眠れなかった。早く
格子 を上げさせて源氏は庭の朝霧をながめていた。枯れた花の中に朝顔が左右の草にまつわりながらあるかないかに咲いて、しかも香さえも放つ花を折らせた源氏は、前斎院へそれを贈るのであった。あまりに他人らしくお扱いになりましたから、きまりも悪くなって帰りましたが、哀れな私の後ろ姿をどうお笑いになったことかと口惜 しい気もしますが、しかし、どんなに長い年月の間あなたをお思いしているかということだけは知っていてくださるはずだと思いまして、私は歎 きながらも希望を持っております。という手紙を源氏は書いたのである。
第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心
第二段 宮邸に到着して門を入る
桃園のお
邸 は北側にある普通の人の出入りする門をはいるのは自重の足りないことに見られると思って、西の大門から人をやって案内を申し入れた。こんな天気になったから、先触れはあっても源氏は出かけて来ないであろうと宮は思っておいでになったのであるから、驚いて大門をおあけさせになるのであった。出て来た門番の侍が寒そうな姿で、背中がぞっとするというふうをして、門の扉をかたかたといわせているが、これ以外の侍はいないらしい。
「ひどく錠が錆 びていてあきません」
とこぼすのを、源氏は身に沁 んで聞いていた。宮のお若いころ、自身の生まれたころを源氏が考えてみるとそれはもう三十年の昔になる、物の錆びたことによって人間の古くなったことも思われる。それを知りながら仮の世の執着が離れず、人に心の惹 かれることのやむ時がない自分であると源氏は恥じた。いつのまに蓬 がもとと結ぼほれ雪ふる里と荒れし垣根 ぞ
源氏はこんなことを口ずさんでいた。やや長くかかって古い門の抵抗がやっと征服された。
第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影
第二段 夜の庭の雪まろばし
源氏はこんなことを言いながら
御簾 を巻き上げさせた。月光が明るく地に落ちてすべての世界が白く見える中に、植え込みの灌木 類の押しつけられた形だけが哀れに見え、流れの音も咽 び声になっている。池の氷のきらきら光るのもすごかった。源氏は童女を庭へおろして雪まろげをさせた。美しい姿、頭つきなどが月の光にいっそうよく見えて、やや大きな童女たちが、いろいろな袙 を着て、上着は脱いだ結び帯の略装で、もうずっと長くなっていて、裾 の拡 がった髪は雪の上で鮮明にきれいに見られるのであった。小さい童女は子供らしく喜んで走りまわるうちには扇を落としてしまったりしている。ますます大きくしようとしても、もう童女たちの力では雪の球 が動かされなくなっている。童女の半分は東の妻戸の外に集まって、自身たちの出て行けないのを残念がりながら、庭の連中のすることを見て笑っていた。