初音・初子 はつね【源氏物語 第二十三帖 玉鬘十帖の第二】 子の日の遊び ねのひのあそび 小松引 こまつひき
源氏物語画帖 初音 土佐派
(第一章 光る源氏の物語 第五段 冬の御殿の明石御方に泊まる)
源氏物語画帖
(第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち )
今日は子の日なりけりげに千年の春をかけて祝はむにことわりなる日なり姫君の御方に渡りたまへれば童女下仕へなど御前の山の小松引き遊ぶ若き人びとの心地どもおきどころなく見ゆ北の御殿よりわざとがましくし集めたる鬚籠ども破籠などたてまつれたまへりえならぬ五葉の枝に移る鴬も思ふ心あらむかし
年月を松にひかれて経る人に今日鴬の初音聞かせよ
(第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち )
初音 土佐光信
めづらしや花のねぐらに木づたひて谷の古巣を訪へる鴬
声待ち出でたるなども
(第一章 光る源氏の物語 第五段 冬の御殿の明石御方に泊まる)
はつね(初音)
源氏物語の一巻なり。明石入道の娘なる明石の上の姫君を源氏が方へ引き取り、紫の上の御子分となして寵愛あり、明石の上は我が子見玉ふことも叶はぬに恋しく思ひ、正月一日かの方へ文送る折、
年月をまつにひかれてふる人に 今日鶯の初音聞かせよ
とありしとぞ。初音といふ是れが為めなり。
① 鳥獣、虫類などが、その年、その季節に初めて鳴く声。初声。※安法集(983‐985頃)「何処にか鹿の初音はきこゆらん萩の下葉の見まくほしさに」② 特に、鶯がその年初めて鳴く声。《季・春》※忠見集(960頃)「うぐひすのはつねほのかにあしひきのやまべとびいづる声きこゆなり」③ 香木の名。分類は新伽羅。香味は辛。一木三銘の伝説で著名。※俳諧・犬子集(1633)三「何れきかん伽羅の初音と時鳥〈堅結〉」
源氏物語図屏風
源氏香の図 初音 豊国
年月を松にひかれて経る人に今日鴬の初音聞かせよ
小松引き 葛飾戴斗
初子(はつね)正月の第一の子の日。これに対し、第二の子の日を乙子という。中古、正月の子の日を祝ったのは、中国の古俗に基づく。これは子の月を歳首とし、また正月子の日に十二種の新菜を食する風習で、その風俗が人日とともに輸入されたものといわれる。子の日の遊び(ねのひのあそび)中古、正月初めの子の日に、郊野に出て行楽を行った行事。天幕を張り、檜破子の弁当を食し、詩歌を詠じた。朝廷ではこの日、子の日の宴といっって群臣に宴を賜わり、また郊野に行幸が行われたこともある。(中略)この日、人日と同様、若菜を食したことは、『宇津保物語』に「若菜など調じて御ねの日に参らせんと」とあり、これを子の日の若菜といった。子の日の遊びに採った菜の類を、粥に入れて食べるのであるあるともいう。子の日の遊びをまた小松引ともいった。これも松の芽を食用にしたもので、『菅家文章』には、「松樹に倚りて以て腰を摩し……菜羹に和して口に綴る」とあり、『曾丹集』には「うばそこが朝菜にきざむ松の葉と」と詠んでいる。小松引(こまつひき)中古、正月上子の日に行われた行事。郊野に出て、小松(芽を食用とした)を引く遊び。中国の古俗に、正月子日に岳に登り、はるかに四方を望めば、陰陽の静気を得て憂悩を除くということがあり、それにならったものという。
子の日の小松引き 鈴木春信
新年最初の子の日に小松を引き、若菜を摘む新春の風習を描いた図である。小松を引いた後の地面の割れ目で吉凶を占う。上部に「子の日とてけふ引きそむる小松ハら木たかきまてをみるよしもかな」とある。
子の日するのへにこ松のなかりせは千世のためしになにをひかまし 拾遺和歌集
小松引き 鈴木春信
第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち
第二段 明石姫君、実母と和歌を贈答
ちょうど元日が
子 の日にあたっていたのである。千年の春を祝うのにふさわしい日である。姫君のいる座敷のほうへ行ってみると、童女や下仕えの女が前の山の小松を抜いて遊んでいた。そうした若い女たちは新春の喜びに満ち足らったふうであった。北の御殿からいろいろときれいな体裁に作られた菓子の髭籠 と、料理の破子 詰めなどがここへ贈られて来た。よい形をした五葉の枝に作り物の鶯 が止まらせてあって、それに手紙が付けられてある。年月をまつに引かれて経 る人に今日 鶯の初音 聞かせよ
「音せぬ里の」(今日だにも初音聞かせよ鶯の音せぬ里は住むかひもなし)と書かれてあるのを読んで、源氏は身にしむように思った。正月ながらもこぼれてくる涙をどうしようもないふうであった。
「この返事は自分でなさい。きまりが悪いなどと気どっていてよい相手でない」
源氏はこう言いながら、硯 の世話などをやきながら姫君に書かせていた。かわいい姿で、毎日見ている人さえだれも見飽かぬ気のするこの人を、別れた日から今日まで見せてやっていないことは、真実の母親に罪作りなことであると源氏は心苦しく思った。引き分かれ年は経 れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや
少女の作でありのままに過ぎた歌である。
第二章 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語
第一段 二条東院の末摘花を訪問
荒れた所もないが、男主人の平生住んでいない家は、どことなく寂しい空気のたまっている気がした。前の庭の木立ちだけは春らしく見えて、咲いた紅梅なども
賞翫 する人のないのをながめて、ふるさとの春の木末にたづねきて世の常ならぬ花を見るかな
と源氏は独言 したが、鼻の赤い夫人は何のこととも気づかなかったであろう。