横笛 よこぶえ【源氏物語 第三十七帖】
源氏物語画帖 横笛 土佐派
(第一章 光る源氏の物語 薫の成長 第三段 若君、竹の子を噛る)
源氏物語絵色紙帖 横笛 詞西園寺寛晴
筍をつと握り待ちて雫もよよと食ひ濡らしたまへばいとねぢけたる色好みかなとて
憂き節も忘れずながら呉竹のこは捨て難きものにぞありける
(第一章 光る源氏の物語 薫の成長 第三段 若君、竹の子を噛る)
横笛 土佐光信
憂き節も忘れずながら呉竹のこは捨て難きものにぞありける
(第一章 光る源氏の物語 薫の成長 第三段 若君、竹の子を噛る)
よこぶえ(横笛)
横笛は源氏物語の一章なり、柏木の衛門死して後、北の方落葉の宮は一條の宮にまします、是に夕桐の大将折折尋ぬることありしが、或る八月半、月おもしろき夜、大将の来れるに、母の御息所は和琴を、落葉の宮は琴を奏し、大将には、衛門の督今はの際に持ちたりし横笛與へて遊ばせといふに、大将は想夫恋の一曲を吹奏せり、扱此笛を大将に贈りしに、大将三條の御所に歸り、少時まどろまれしに、夢に柏木浮世にありし姿して、
笛竹にふきよる風のことならばすゑのよなりき音につたへなん
とありし故、夢に任かせて、御子の薫のかたへ與へられたり、さればかほるの大将を横笛の大将ともいふなり。
源氏物語絵巻 横笛
この君いたく泣きたまひてつだみなどしたまへば乳母も起き騷ぎ上も大殿油近く取り寄せさせたまて耳挟みしてそそくりつくろひて抱きてゐたまへりいとよく肥えてつぶつぶとをかしげなる胸を開けて乳などくくめたまふ稚児もいとうつくしうおはする君なれば白くをかしげなるに御乳はいとかはらかなるを心をやりて慰めたまふ男君も寄りおはしていかなるぞなどのたまふうちまきし散らしなどして乱りがはしきに夢のあはれも紛れぬべし
(第二章 夕霧の物語 柏木遺愛の笛 第六段 夢に柏木現れ出る)
風流略源氏 横笛 湖龍斎
横笛の調べはことに変はらぬをむなしくなりし音こそ尽きせね
源氏物語 横笛
第一章 光る源氏の物語 薫の成長
第三段 若君、竹の子を噛る
若君は
乳母 の所で寝ていたのであるが、目をさまして這 い寄って来て、院のお袖 にまつわりつくのが非常にかわいく見られた。白い羅 に支那 の小模様のある紅梅色の上着を長く引きずって、子供の身体 自身は着物と離れ離れにして背中から後ろのほうへ寄っているようなことは小さい子の常であるが、可憐で色が白くて、身丈 がすんなりとして柳の木を削って作ったような若君である。頭は露草の汁 で染めたように青いのである。口もとが美しくて、上品な眉 がほのかに長いところなどは衛門督 によく似ているが、彼はこれほどまでにすぐれた美貌 ではなかったのに、どうしてこんなのであろう、宮にも似ていない、すでに気高 い風采 の備わっている点を言えば、鏡に写る自分の子らしくも見られるのであるとお思いになって、院は若君をながめておいでになるのであった。立っても二足三足踏み出すほどになっているのである。この竹の子の置かれた広蓋 のそばへ、何であるともわからぬままで若君は近づいて行き、忙しく手で掻 き散らして、その一つには口をあてて見て投げ出したりするのを、院は見ておいでになって、
「行儀が悪いね。いけない。あれをどちらへか隠させるといい。食い物に目をつけると言って、口の悪い女房は黙っていませんよ」
とお笑いになる。若君を御自身の膝 へお抱き取りになって、
「この子の眉 がすばらしい。小さい子を私はたくさん見ないせいか、これくらいの時はただ赤ん坊らしい顔しかしていないものだと思っていたのだが、この子はすでに美しい貴公子の相があるのは危険なこととも思われる。内親王もいらっしゃる家の中でこんな人が大きくなっていっては、どちらにも心の苦労をさせなければならぬ日が必ず来るだろう。しかし皆のその遠い将来は私の見ることのできないものなのだ。『花の盛りはありなめど』(逢ひ見んことは命なりけり)だね」
こうお言いになって若君の顔を見守っておいでになった。
「縁起のよろしくございませんことを、まあ」
と女房たちは言っていた。若君は歯茎から出始めてむずがゆい気のする歯で物が噛 みたいころで、竹の子をかかえ込んで雫 をたらしながらどこもかも噛 み試みている。
「変わった風流男だね」
と院は冗談 をお言いになって、竹の子を離させておしまいになり、憂 きふしも忘れずながらくれ竹の子は捨てがたき物にぞありける
こんなことをお言いかけになるが、若君は笑っているだけで何のことであるとも知らない。そそくさと院のお膝 をおりてほかへ這 って行く。月日に添って顔のかわいくなっていくこの人に院は愛をお感じになって、過去の不祥事など忘れておしまいになりそうである。
源氏物語 横笛
第二章 夕霧の物語 柏木遺愛の笛
第六段 夢に柏木現れ出る
少し寝入ったかと思うと故人の衛門督がいつか病室で見た時の
袿 姿でそばにいて、あの横笛を手に取っていた。夢の中でも故人が笛に心を惹 かれて出て来たに違いないと思っていると、「笛竹に吹きよる風のごとならば末の世長き音 に伝へなん
私はもっとほかに望んだことがあったのです」
と柏木は言うのである。望みということをよく聞いておこうとするうちに、若君が寝おびれて泣く声に目がさめた。