鈴虫 すずむし【源氏物語 第三十八帖】

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源氏物語画帖 鈴虫 土佐派

(第一章 女三の宮の物語 持仏開眼供養第二段 源氏と女三の宮、和歌を詠み交わす)

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源氏物語絵色紙帖 鈴蟲 詞西園寺寛晴

御硯にさし濡らして香染めなる御扇に書きつけたまへり宮

隔てなく蓮の宿を契りても君が心や住まじとすらむ

(第一章 女三の宮の物語 持仏開眼供養第二段 源氏と女三の宮、和歌を詠み交わす)

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源氏物語絵巻 鈴虫

十五夜の夕暮に仏の御前に宮おはして端近う眺めたまひつつ念誦したまふ若き尼君たち二三人花奉るとて鳴らす閼伽坏の音水のけはひなど聞こゆるさま変はりたるいとなみにそそきあへるいとあはれなるに例の渡りたまひて

(第二章 光る源氏の物語 第二段 八月十五夜、秋の虫の論)

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鈴虫 土佐光信

月影は同じ雲居に見えながらわが宿からの秋ぞ変はれる

(第二章 光る源氏の物語 第四段 冷泉院より招請の和歌)

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源氏物語絵巻 鈴虫

 直衣にて軽らかなる御よそひどもなれば下襲ばかりたてまつり加へて月ややさし上がり更けぬる空おもしろきに若き人びと笛など わざとなく吹かせたまひなどして忍びたる御参りのさまなりうるはしかるべき折節は所狭くよだけき儀式を尽くしてかたみに御覧ぜられたまひまたいにしへのただ人ざまに思し返りて今宵は軽々しきやうにふとかく参りたまへればいたう驚き待ち喜びきこえたまふねびととのひたまへる御容貌いよいよ異ものならずいみじき御盛りの世を御心と思し捨てて静かなる御ありさまにあはれ少なからず

(第二章 光る源氏の物語 第五段 冷泉院の月の宴)

すゞむし(鈴虫)

源氏物語の一巻に鈴虫あり、八月十五日の夜、月おもしろかりし時、六条院には、入道の宮(女三の宮の剃髪されたる後の名なり)の方に御座しまし、月御覧あるに、ぜんさいに放たれたる多くの虫の内、鈴虫とりわけさわやかなりしかば、入道の宮

大方の秋をばうしと知りにしをふりすてがたきすゞむしの声

心もて草のやどりをいとへどもなほすず虫の声そふりせぬ

とありしとなり。

 

『画題辞典』斎藤隆

 

 

すずむし【鈴虫】
[1] 〘名〙
① 松虫の古称。
※枕(10C終)四三「虫は すずむし。ひぐらし。てふ。松虫」
② バッタ(直翅)目スズムシ科の昆虫。体長一・五~二センチメートル。体は卵形で扁平、全体に暗褐色または黒褐色で、触角や脚の一部などは白い。はねは雌雄で異なり、雄の上ばねは幅広いが雌では狭い。触角は糸状で、きわめて長い。低木のまじる草むらにすみ、雄はリーン、リーンと澄んだ美しい声で鳴く。秋に鳴く虫の一つとして珍重される。本州以南に分布。《季・秋》
桂宮丙本忠岑集(10C前)「あるときには、野辺のすずむしを聞ては、滝の水の音にあらかはれ」
※和漢三才図会(1712)五三「金鐘虫(ススムシ)
③ 主君の側近くにはべり仕える人。侍従。おもとびと。
※嵯峨の通ひ(1269)「すずむしなる人を誘ひて〈略〉かの入道の山荘へ行きぬ」
④ (鈴口から殿様を迎えるところから) 正妻のこと。妾を轡虫(くつわむし)というのに対していう。
※雑俳・川柳評万句合‐天明四(1784)桜一「鈴むしをやめくつわむし御てうあひ」
[2] 「源氏物語」第三八帖の巻名。源氏五〇歳の夏から秋八月まで。入道した女三の宮の持仏供養、六条院での鈴虫を聞きながらの人々の音楽、冷泉院での詩歌の会、秋好中宮の出家の希望を源氏がいさめることなどが描かれる。
[補注](1)②の挙例「桂宮丙本忠岑集」は「古今要覧稿‐五四九」に「弘賢按に琴の声はチンチロリンといふに似て水の音はリンリンとなくにかよふべければこのころの称呼は今諸国となふる所とひとしかるべし」と説くのに従って、現在の鈴虫に同じと解した。
(2)「鈴虫」と「松虫」の名は、いずれも中古の作品から現われるが、現在のように「リーン、リーン」と鳴くのを「鈴虫」、「チンチロリン」と鳴くのを「松虫」というように、鳴き声によって区別することができる文献は近世に入るまで見当たらない。そのうえ、近世の文献においても両者は混同されており、一概にどちらとも決め難い。しかし現在では、中古の作品に現われるものについては、「鈴虫」を「松虫」と、「松虫」を「鈴虫」と解するようになっている。
 

 

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源氏物語 鈴虫

絵入源氏物語 早稲田大学図書館

第一章 女三の宮の物語 持仏開眼供養

第二段 源氏と女三の宮、和歌を詠み交わす

第三段 持仏開眼供養執り行われる

堂の準備ができて講師が座に着き行香ぎょうこうをする若い殿上人などが皆そろった時に、院もその仏間のほうへおいでになろうとして、尼宮の西のひさしのお座敷へまずはいって御覧になると、狭い気のするこの仮のお居間の中に、暑いほどにも着飾った女房が五、六十人集まっていた。童女などは北側のへやの外の縁にまで出ているのである。火入れがたくさん出されてあって、薫香たきものをけむいほど女房たちがあおぎ散らしているそばへ院はお寄りになって、
そらだきというものは、どこでいているかわからないほうが感じのいいものだよ。富士の山頂よりももっとひどく煙の立っているのなどはよろしくない。説教の間は物音をさせずに静かに細かく話を聞かなければならないものだから、無遠慮に衣擦きぬずれやち居の音はなるべくたてぬようにするがいい」
 などと、例の軽率な若い女房などをお教えになった。宮は人気ひとげに押されておしまいになり、小さいお美しい姿をうつ伏せにしておいでになる。
「若君をここへ置かずに、どちらか遠い部屋へやへ抱いて行くがよい」
 とまた院は女房へ注意をあそばされた。北側の座敷との間も今日は襖子からかみがはずされて御簾みす仕切りにしてあったが、そちらのへやへ女房たちを皆お入れになって、院は尼宮に今日の儀式についての心得をお教えになるのであったが、その方を可憐かれんにばかりお思われになった。昔の鴛鴦えんおうの夢の跡の仏の御座みざになっている帳台が御簾越しにながめられるのも院を物悲しくおさせすることであった。
「こんな儀式をあなたのためにさせる日があろうなどとは予想もしなかったことですよ。これはこれとして来世のはすの花の上ではむつまじく暮らそうと期していてください」
 と言って院はお泣きになった。

蓮葉はちすばを同じうてなと契りおきて露の分かるる今日けふぞ悲しき


 すずりに筆をぬらして、香染めの宮の扇へお書きになった。宮が横へ、

隔てなくはちすの宿をちぎりても君が心やすまじとすらん


 こうお書きになると、
「そんなに私が信用していただけないのだろうか」
 笑いながら院は言っておいでになるのであるが身にしむものがある御様子であった。
 例のことであるが親王がたも多く参会された。六条院の夫人たちから仏前へささげられた物の数も多かった。七僧の法服とか、この法事についての重だった布施は皆紫夫人が調製させたものである。綾地あやじの法服で、袈裟けさの縫い目までが並み並みの物でないことを言って当時の僧がほめたそうである。こんなこともむずかしいものらしい。
 講師が宮の御遁世とんせい讃美さんびして、この世におけるすぐれた栄華をなお盛りの日にお捨てになり、永久の縁を仏にお結びになったということを、豊かな学才のある僧が美辞麗句をもって言い続けるのに感動してしおたれる人が多かった。

 

紫式部 與謝野晶子訳 源氏物語 鈴虫

 

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源氏物語 鈴虫

絵入源氏物語 早稲田大学図書館

第二章 光る源氏の物語 六条院と冷泉院の中秋の宴

第二段 八月十五夜、秋の虫の論

 十五夜の月がまだ上がらない夕方に、宮が仏間の縁に近い所で念誦ねんじゅをしておいでになると、外では若い尼たち二、三人が花をお供えする用意をしていて、閼伽あかの器具を扱う音と水の音とをたてていた。青春の夢とこれとはあまりに離れ過ぎたことと見えて哀れな時に、院がおいでになった。
「むやみに虫が鳴きますね」
 こう言いながら座敷へおはいりになった院は御自身でも微音に阿弥陀あみだ大誦だいじゅをお唱えになるのがほのぼのと尊く外へれた。院のお言葉のように、多くの虫が鳴きたてているのであったが、その時に新しく鳴き出した鈴虫の声がことにはなやかに聞かれた。
「秋鳴く虫には皆それぞれ別なよさがあっても、その中で松虫が最もすぐれているとお言いになって、中宮ちゅうぐうが遠くの野原へまで捜しにおやりになってお放ちになりましたが、それだけの効果はないようですよ。なぜと言えば、持って来ても長くは野にいた調子には鳴いていないのですからね。名は松虫だが命の短い虫なのでしょう。人が聞かない奥山とか、遠い野の松原とかいう所では思うぞんぶんに鳴いていて、人の庭ではよく鳴かない意地悪なところのある虫だとも言えますね。鈴虫はそんなことがなくて愛嬌あいきょうのある虫だからかわいく思われますよ」
 などと院はお言いになるのを聞いておいでになった宮が、

大かたの秋をばしと知りにしを振り捨てがたき鈴虫の声


 と低い声でお言いになった。非常にえんで若々しくお品がよい。
「何ですって、あなたに恨ませるようなことはなかったはずだ」
 と院はお言いになり、

心もて草の宿りをいとへどもなほ鈴虫の声ぞふりせぬ


 ともおささやきになった。琴をお出させになって珍しく院はおきになった。宮は数珠じゅずを繰るのも忘れて院の琴の音を熱心に聞き入っておいでになる。月が上がってきてはなやかな光に満ちた空も人の心にはしみじみと秋を覚えさせた。院は移り変わることのすみやかな人生を寂しく思い続けておいでになって平生よりも深く身にしむ音をかき立てておいでになった。

 

紫式部 與謝野晶子訳 源氏物語 鈴虫