紅梅 こうばい【源氏物語 第四十三帖 匂宮三帖の第二帖】

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(第二章 匂兵部卿の物語 第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る)

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源氏物語絵色紙帖 紅梅詞花山院定熈

麗景殿に御ことづけ聞こえたまふ譲りきこえて今宵もえ参るまじく悩ましくなど聞こえよとのたまひて笛すこし仕うまつれともすれば御前の御遊びに召し出でらるるかたはらいたしやまだいと 若き笛をとうち笑みて

(第二章 匂兵部卿の物語 第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る)

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紅梅 土佐光信

心ありて風の匂はす園の梅にまづ鴬の訪はずやあるべき

(第二章 匂兵部卿の物語 第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る)

こうばい(紅梅)

[1] 〘名〙
① 梅の栽培品種。花は紅色。《季・春》
経国集(827)一一「賜看二紅梅一探二得争字一応レ令一首」
※蜻蛉(974頃)下「こうばいのただいまさかりなるしたよりさしあゆみたるに」
 
[2] 「源氏物語」第四十三帖の名。薫大将二四歳の春から冬まで。順調に勢力を伸ばした柏木の弟按察大納言(のちの紅梅右大臣)の家庭の事情を中心に、薫と匂宮とのかかわりが描かれる。巻名は、大納言が匂宮に紅梅を贈ったことなどによる。
[語誌]日本には九世紀前後に渡来したらしく、「古今集」撰者時代から目立って歌われるようになる。既に渡来していた白梅が、その白さを雪によそえられたり凜冽な薫りを讚えられたりしたのに対して、「紅に色をばかへて梅の花香ぞことごとににほはざりける〈凡河内躬恒〉」〔後撰集‐春上〕とその華やかな色を愛でたり、「嘆きつつ涙に染むる花の色の思ふほどよりうすくもあるかな」〔能宣集〕と紅の涙に譬えたりしているが、和歌では「紅梅」とはいわない。「紅梅」が仮名文に見えるのは「蜻蛉日記」が早く、白梅は「むめ・紅梅・柳・桜」〔宇津保‐吹上〕のように単に「うめ」といわれることが多かった。
 

 

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源氏物語 紅梅

絵入源氏物語 早稲田大学図書館

第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心

第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る

 若君が御所へ上がろうとして直衣のうし姿で父の所へ来た。正装をしてみずらを結った形よりも美しく見える子を、大納言は非常にかわいく思うふうであった。夫人も行っている麗景殿れいげいでんへすることづてを大納言はするのであった。
「お任せしておいて、今夜も私は失礼するだろうと思う、と言うのだよ。気分が少し悪いからと申してくれ」
 と言ったあとで、
「笛を少し吹け、何かというと御前の音楽の集まりにお呼ばれするではないか。困るね。幼稚な芸のものを」
 微笑をしながらこう言って、双調を子に吹かせた。一人息子がおもしろく笛を吹き出すのを待っていて、
「悪くはなくなってゆくのも、こちらのお姉様の所で、自然合わさせていただくことになるからだろうね。ぜひただ今もき合わせてやってください」
 と責められて、女王は困っているふうであったが、爪弾つまびきで琵琶をよく合うように少し鳴らした。大納言は口笛で上手じょうずな拍子をとるのだった。この座敷の東の側に沿って、軒に近く立った紅梅の美しく咲いたのを大納言は見て、
「こちらの梅はことによい。兵部卿ひょうぶきょうの宮は宮中においでになるだろうから、一枝折らせてお持ちするがいい。『知る人ぞ知る』(色をも香をも)」
 こう子供に言いながらまた、大納言は、
光源氏がいわゆる盛りの大将でいられた時代に、子供でちょうどこの子のようにして始終お近づきしたことが今でも私には恋しくてなりません。この宮がたを世間の人はおめするし、実際愛さるべく作られて来た人のような風采ふうさいはお持ちになりますが、光源氏の片端の片端にもお当たりにならないように私の思うのは、すばらしいと子供心にお見上げしたころの深い印象によるものなのかもしれません。われわれでさえ院をお思い出しするとお別れしたことは慰みようもない悲しみになるのですから、家族の方がたでお死に別れをしたあとに生き残らねばならなかった人たちは不幸な宿命を負っているのだという気がします」
 こんなことを女王に語って、大納言は深く身にしむふうでしおれかえってしまった。この気持ちが促しもして大納言は、梅の枝を折らせるとすぐに若君を御所へ上がらせることにした。
「しかたがない。阿難あなん身体からだから光を放った時に、釈迦しゃかがもう一度出現されたと解釈したなま賢い僧があったということだから、院を悲しむ心の慰めにはせめて匂宮へでも消息を奉ることだ」
 と言って、

心ありて風のにほはす園の梅にまづうぐひすはずやあるべき


 この歌を紅の紙に、青年らしい書きようにしたためたのを、若君の懐紙ふところがみの中へはさんで行かせるのを、少年は親しみたく思う宮であったから、喜んで御所へ急いだ。

 

紫式部 與謝野晶子訳 源氏物語 紅梅