早蕨 さわらび【源氏物語 第四十八帖 宇治十帖の第四帖】
源氏物語画帖 早蕨 土佐派
(第一章 中君の物語 第一段 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く)
源氏物語絵色紙帖 早蕨 詞冷泉為頼 土佐光吉
年改まりては何ごとかおはしますらむ御祈りはたゆみなく仕うまつりはべり今は一所の御ことをなむ安からず念じきこえさするなど聞こえて蕨つくづくしをかしき籠に入れてこれは童べの供養じてはべる初穂なりとてたてまつれり手はいと悪しうて歌はわざとがましくひき放ちてぞ書きたる
君にとてあまたの春を摘みしかば常を忘れぬ初蕨なり
(第一章 中君の物語 第一段 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く)
早蕨 土佐光信
君にとてあまたの春を摘みしかば常を忘れぬ初蕨なり
(第一章 中君の物語 第一段 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く)
源氏物語絵巻 早蕨
思ほしのたまへるさまを語りて弁はいとど慰めがたくくれ惑ひたり皆人は心ゆきたるけしきにてもの縫ひいとなみつつ老いゆがめる容貌も知らずつくろひさまよふにいよいよやつして
人はみないそぎたつめる袖の浦に一人藻塩を垂るる海人かな
と愁へきこゆれば
塩垂るる海人の衣に異なれや浮きたる波に濡るるわが袖
(第一章 中君の物語 第九段 弁の尼、中君と語る)
さわらび(早蕨)
源氏物語の一巻なり、うはそくの宮のかくれましてより、中の君にはあね君にもおくれさせ、獨り嘆きに沈み玉ふ折から、かねてうはそくの宮の御帰依厚かりし阿闍梨というひじりよりさわらびつくしなど籠に入れて、
この春は誰にか見せんなき人のかたみにつめる峯のさわらび
とよみて送り来れり、さればこの巻を早蕨とはいうなり。きさらぎの半ばにもなれば匂兵部卿の通ひそめらるゝありて、中の君もやがては二条院の西の対に移り住むに至りしとなり
源氏物語 早蕨
第一章 中君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活
第一段 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く
「日の光
林藪 しわかねばいそのかみ古 りにし里も花は咲きけり」と言われる春であったから、山荘のほとりのにおいやかになった光を見ても、宇治の中の君は、どうして自分は今まで生きていられたのであろうと、現在を夢のようにばかり思われた。四季時々の花の色も鳥の声も、明け暮れ共に見、共に聞き、それによって歌を作りかわすことをし、人生の心細さも苦しさも話し合うことで慰めを得ていた。それ以外に何の楽しみが自分にあったであろう、美しいとすることも、身にしむことも語って自身の感情を解してくれる姉君を、そのかたわらから死に奪われた人であったから、暗い気持ちをどうすることもできず、父宮のお亡 れになった時の悲しみにややまさった悲しさ恋しさに、日のたつのも悟らぬほど歎き続けているが、命数には定まったものがあって、死にたくても死なれぬのも人生の悲哀の一つであると見られた。
御寺 の阿闍梨 の所から、年が変わりましてのちどんな御様子でおいでになりますか。御仏 へのお祈りは始終いたしております。今になりましてはあなた様お一方のために幸福であれと念じ続けるばかりです。などという手紙を添え、
蕨 や土筆 を風流な籠 に入れ、その説明としては、これは童子どもが山に捜して御仏にささげたものです、初物です。とも書かれてあった。悪筆で次の歌などは
大形 に一字ずつ離して書いてある。君にとてあまたの年をつみしかば常を忘れぬ初蕨なり女王 様に読んでお聞かせ申してください。と女房あてにしてあった。
源氏物語 早蕨
第一章 中君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活
第七段 中君と薫、紅梅を見ながら和歌を詠み交す
近い庭の紅梅の色も香もすぐれた木は、
鶯 も見すごしがたいように啼 いて通るのは、まして「月やあらぬ春や昔の春ならぬ」という歎きをしている人たちの心を打つことであろうと思われた。さっと御簾 を透かして吹く風に、花の香と客の貴人のにおいの混じって立つのも花橘 ではないが昔恋しい心を誘った。つれづれな生活の慰めにも人生の悲しみを紛らわすためにも、紅梅の花は姉君の愛したものであったと思うことが心からあふれて、見る人もあらしにまよふ山里に昔覚ゆる花の香ぞする
と言うともなくほのかに絶え絶えに言うのを、薫はなつかしそうに自身の口にのせてから、袖 ふれし梅は変はらぬにほひにてねごめうつろふ宿やことなる
と自作を告げた。絶えない涙をぬぐい隠して、あまり多くは言わぬ薫であった。
「またこんなふうにして何のお話も申し上げようと思います」
と最後に言って立って行った。
源氏物語 早蕨
第二章 中君の物語 匂宮との京での結婚生活が始まる
第一段 中君、京へ向けて宇治を出発
道の長くてけわしい山路であるのをはじめて知り、恨めしくばかり思った宮の通い路の途絶えも無理のない点もあるように思うことができた。白く出た七日の月の
霞 んだのを見て、遠い路 に馴 れぬ女王 は苦しさに歎息 しながら、ながむれば山より出 でて行く月も世に住みわびて山にこそ入れ
と口ずさまれるのであった。変わった境遇へこうして移って行ってそのあとはどうなるであろうとばかり危 ぶまれる思いに比べてみれば、今までのことは煩悶 の数のうちでもなかったように思われ、昨日 の世に帰りたくも思われた。