青砥藤綱 あおとふじつな・あをとふぢつな(生没年不詳)
教導立志基 十九 青砥藤綱 井上探景
あをとふぢつな(青砥藤綱)
父を藤満と云ふ。北条時頼・時宗のニ代に仕へて左衛門尉に任じ引付衆となる。性剛直廉潔、曽て人あり徳宗と田を争ふ。其辞直なるも人皆時頼を憚りて徳宗の領に帰す。藤綱裁決して本主に帰す、本主喜び銭三百貫を藤綱に贈る。藤綱怒て之を還す。嘗て夜行て滑川を過ぎ、誤つて十銭を水に堕す。藤綱遽に従者に命じて五十銭を以て炬を買ひ、水を照して之を捜し得、人其の大を失して小を得るを嘲る。藤綱曰く十銭少なりとも之を失へば、永く天下の貨を損ず。五十銭は我に損なりとも亦人を益す、その利大ならずやと。(人名辞書)
その炬火を点じて川水に銭を探すの処多く歴史画、教育画としてよく画かる。
『東洋画題綜覧』金井紫雲
『東海道名所図会』滑川 秋里籬嶌
早稲田大学図書館古典籍総合データベース
『海録』の筆者(山崎美成)も言うごとく藤綱の事跡を伝えているのは『太平記』『北条九代記』『弘長記』などで確実な文献に乏しく、引付衆や評定衆に名をつらねたというのもかなり疑わしい。儒教的な政治道徳の体現者として伝説化された人物と考えるべきであろう。が、いずれにしても、江戸時代の戯曲・小説などには清廉潔白の士、廉直公平な裁判官としてしばしば藤綱が登場する。今日も上演される浄瑠璃「摂州合邦辻」(安永二年初演)の合邦が藤綱の子であるというような例も数多いが、馬琴の読本『青砥藤綱摸稜案』(文化八〜九年刊、なお前集巻頭にある「青砥左衛門尉藤綱伝」は一読に値する)では数々の難事件を鮮やかに裁く裁判官として登場する。
『日本伝奇伝説大辞典』 角川書店 1986
早稲田大学図書館古典籍総合データベース
教訓一言艸 青砥藤綱 玉蘭斎貞秀