紅葉賀・紅葉の賀 もみじのが・もみぢのが【源氏物語 第七帖】
源氏物語画帖 紅葉賀 土佐派
(第一章 藤壺の物語 源氏、藤壺の御前で青海波を舞う 第一段 御前の試楽)
紅葉賀 土佐光信
色々に散り交ふ木の葉のなかより青海波のかかやき出でたるさまいと恐ろしきまで見ゆ
(第一章 藤壺の物語 源氏、藤壺の御前で青海波を舞う 第一段 御前の試楽)
紅葉賀
(第一章 藤壺の物語 源氏、藤壺の御前で青海波を舞う 第一段 御前の試楽)
源氏物語図屏風
(第一章 藤壺の物語 源氏、藤壺の御前で青海波を舞う 第一段 御前の試楽)
源氏物語画帖
もみぢのが(紅葉の賀)
源氏物語の一巻なり、頃は十月、紅葉の好季とて、桐壺の帝、伶人夥多集め音楽あり、賀筵を開かる、光源氏青海波の一曲を舞ふ、扨て舞終りて藤壺の后のかたへ我が舞姿御覧じつらんと御文あり、豫ねて忍び會はれしこともありしことゝて、もの思ふに立まふべくもあらぬ身の袖打ふりし心しりきやとあり、藤壷の返しに玄宗皇帝が曲にたとへ、から人の袖ふることは遠けれど立居につけてあわれとぞきくとあり、藤壷の御腹に出来たるは即ち後の冷泉院なり
もみじのが 紅葉賀
紅葉のころに催す賀の祝宴。また、紅葉の木陰で宴を開くこと。《季 秋》
紅葉賀
(第一章 藤壺の物語 源氏、藤壺の御前で青海波を舞う 第一段 御前の試楽)
源氏物語図屏風
(第一章 藤壺の物語 源氏、藤壺の御前で青海波を舞う 第一段 御前の試楽)
うち笑みたまへるいとめでたう愛敬づきたまへりいつしか雛をし据ゑてそそきゐたまへる三尺の御厨子一具に品々しつらひ据ゑてまた小さき屋ども作り集めてたてまつりたまへるをところせきまで遊びひろげたまへり
(第二章 紫の物語 源氏、紫の君に心慰める 第四段 新年を迎える)
風流やつし源氏 紅葉賀 栄之
源氏物語 紅葉賀
第三段 十月十余日、朱雀院へ行幸
行幸の日は親王方も
公卿 もあるだけの人が帝の供奉 をした。必ずあるはずの奏楽の船がこの日も池を漕 ぎまわり、唐の曲も高麗 の曲も舞われて盛んな宴賀 だった。試楽の日の源氏の舞い姿のあまりに美しかったことが魔障 の耽美心 をそそりはしなかったかと帝は御心配になって、寺々で経をお読ませになったりしたことを聞く人も、御親子の情はそうあることと思ったが、東宮の母君の女御だけはあまりな御関心ぶりだとねたんでいた。楽人は殿上役人からも地下 からもすぐれた技倆を認められている人たちだけが選 り整えられたのである。参議が二人、それから左衛門督 、右衛門督が左右の楽を監督した。舞い手はめいめい今日まで良師を選んでした稽古 の成果をここで見せたわけである。四十人の楽人が吹き立てた楽音に誘われて吹く松の風はほんとうの深山 おろしのようであった。いろいろの秋の紅葉 の散りかう中へ青海波の舞い手が歩み出た時には、これ以上の美は地上にないであろうと見えた。挿 しにした紅葉が風のために葉数の少なくなったのを見て、左大将がそばへ寄って庭前の菊を折ってさし変えた。日暮れ前になってさっと時雨 がした。空もこの絶妙な舞い手に心を動かされたように。
美貌の源氏が紫を染め出したころの白菊を冠 に挿 して、今日は試楽の日に超 えて細かな手までもおろそかにしない舞振りを見せた。終わりにちょっと引き返して来て舞うところなどでは、人が皆清い寒気をさえ覚えて、人間界のこととは思われなかった。物の価値のわからぬ下人 で、木の蔭 や岩の蔭、もしくは落ち葉の中にうずもれるようにして見ていた者さえも、少し賢い者は涙をこぼしていた。
源氏物語 紅葉賀
第二章 紫の物語 源氏、紫の君に心慰める
第四段 新年を迎える
母代わりをしていた祖母であったから除喪のあとも
派手 にはせず濃くはない紅の色、紫、山吹 の落ち着いた色などで、そして地質のきわめてよい織物の小袿 を着た元日の紫の女王は、急に近代的な美人になったようである。源氏は宮中の朝拝の式に出かけるところで、ちょっと西の対へ寄った。
「今日からは、もう大人になりましたか」
と笑顔 をして源氏は言った。光源氏の美しいことはいうまでもない。紫の君はもう雛 を出して遊びに夢中であった。三尺の据棚 二つにいろいろな小道具を置いて、またそのほかに小さく作った家などを幾つも源氏が与えてあったのを、それらを座敷じゅうに並べて遊んでいるのである。
「儺追 いをするといって犬君 がこれをこわしましたから、私よくしていますの」
と姫君は言って、一所懸命になって小さい家を繕おうとしている。
源氏物語 紅葉賀
第三章 藤壺の物語(二) 二月に男皇子を出産
第三段 藤壺、皇子を伴って四月に宮中に戻る
源氏の中将が音楽の遊びなどに参会している時などに帝は抱いておいでになって、
「私は子供がたくさんあるが、おまえだけをこんなに小さい時から毎日見た。だから同じように思うのかよく似た気がする。小さい間は皆こんなものだろうか」
とお言いになって、非常にかわいくお思いになる様子が拝された。源氏は顔の色も変わる気がしておそろしくも、もったいなくも、うれしくも、身にしむようにもいろいろに思って涙がこぼれそうだった。ものを言うようなかっこうにお口をお動かしになるのが非常にお美しかったから、自分ながらもこの顔に似ているといわれる顔は尊重すべきであるとも思った。宮はあまりの片腹痛さに汗を流しておいでになった。源氏は若宮を見て、また予期しない父性愛の心を乱すもののあるのに気がついて退出してしまった。
源氏は二条の院の東の対 に帰って、苦しい胸を休めてから後刻になって左大臣家へ行こうと思っていた。前の庭の植え込みの中に何木となく、何草となく青くなっている中に、目だつ色を作って咲いた撫子 を折って、それに添える手紙を長く王命婦 へ書いた。よそへつつ見るに心も慰まで露けさまさる撫子の花花を子のように思って愛することはついに不可能であることを知りました。とも書かれてあった。
源氏物語 紅葉賀
第四章 源典侍の物語 老女との好色事件
第二段 源氏、源典侍と和歌を詠み交わす
よほど年のいった
典侍 で、いい家の出でもあり、才女でもあって、世間からは相当にえらく思われていながら、多情な性質であってその点では人を顰蹙 させている女があった。源氏はなぜこう年がいっても浮気 がやめられないのであろうと不思議な気がして、恋の戯談を言いかけてみると、不似合いにも思わず相手になってきた。あさましく思いながらも、さすがに風変わりな衝動を受けてつい源氏は関係を作ってしまった。噂されてもきまりの悪い不つりあいな老いた情人であったから、源氏は人に知らせまいとして、ことさら表面は冷淡にしているのを、女は常に恨んでいた。典侍は帝のお髪上 げの役を勤めて、それが終わったので、帝はお召 かえを奉仕する人をお呼びになって出てお行きになった部屋には、ほかの者がいないで、典侍が常よりも美しい感じの受け取れるふうで、頭の形などに艶 な所も見え、服装も派手 にきれいな物を着ているのを見て、いつまでも若作りをするものだと源氏は思いながらも、どう思っているだろうと知りたい心も動いて、後ろから裳 の裾 を引いてみた。はなやかな絵をかいた紙の扇で顔を隠すようにしながら見返った典侍の目は、瞼 を張り切らせようと故意に引き伸ばしているが、黒くなって、深い筋のはいったものであった。妙に似合わない扇だと思って、自身のに替えて源典侍 のを見ると、それは真赤 な地に、青で厚く森の色が塗られたものである。横のほうに若々しくない字であるが上手 に「森の下草老いぬれば駒 もすさめず刈る人もなし」という歌が書かれてある。厭味 な恋歌などは書かずともよいのにと源氏は苦笑しながらも、
「そうじゃありませんよ、『大荒木の森こそ夏のかげはしるけれ』で盛んな夏ですよ」
こんなことを言う恋の遊戯にも不似合いな相手だと思うと、源氏は人が見ねばよいがとばかり願われた。女はそんなことを思っていない。君し来 ば手馴 れの駒 に刈り飼はん盛り過ぎたる下葉なりとも
とても色気たっぷりな表情をして言う。
源氏物語 紅葉賀
第四章 源典侍の物語 老女との好色事件
第三段 温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される
冷ややかに風が吹き通って夜のふけかかった時分に源氏らが少し寝入ったかと思われる
気配 を見計らって、頭中将はそっと室内へはいって行った。自嘲 的な思いに眠りなどにははいりきれなかった源氏は物音にすぐ目をさまして人の近づいて来るのを知ったのである。典侍の古い情人で今も男のほうが離れたがらないという噂のある修理大夫 であろうと思うと、あの老人にとんでもないふしだらな関係を発見された場合の気まずさを思って、
「迷惑になりそうだ、私は帰ろう。旦那 の来ることは初めからわかっていただろうに、私をごまかして泊まらせたのですね」
と言って、源氏は直衣 だけを手でさげて屏風 の後ろへはいった。中将はおかしいのをこらえて源氏が隠れた屏風を前から横へ畳み寄せて騒ぐ。年を取っているが美人型の華奢 なからだつきの典侍が以前にも情人のかち合いに困った経験があって、あわてながらも源氏をあとの男がどうしたかと心配して、床の上にすわって慄 えていた。自分であることを気づかれないようにして去ろうと源氏は思ったのであるが、だらしなくなった姿を直さないで、冠 をゆがめたまま逃げる後ろ姿を思ってみると、恥な気がしてそのまま落ち着きを作ろうとした。中将はぜひとも自分でなく思わせなければならないと知って物を言わない。ただ怒 ったふうをして太刀 を引き抜くと、
「あなた、あなた」
典侍は頭中将を拝んでいるのである。中将は笑い出しそうでならなかった。平生派手 に作っている外見は相当な若さに見せる典侍も年は五十七、八で、この場合は見得 も何も捨てて二十 前後の公達 の中にいて気をもんでいる様子は醜態そのものであった。わざわざ恐ろしがらせよう自分でないように見せようとする不自然さがかえって源氏に真相を教える結果になった。自分と知ってわざとしていることであると思うと、どうでもなれという気になった。いよいよ頭中将であることがわかるとおかしくなって、抜いた太刀を持つ肱 をとらえてぐっとつねると、中将は見顕 わされたことを残念に思いながらも笑ってしまった。