空蝉 うつせみ【源氏物語 第三帖】 碁 ご

www.instagram.com

源氏物語画帖 空蝉 土佐派

第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ

www.instagram.com

空蝉

第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ

www.instagram.com

空蝉 土佐光信

昼より西の御方の渡らせたまひて碁打たせたまふと言ふさて向かひゐたらむを

見ばやと思ひてやをら歩み出でて簾のはさまに入りたまひぬ

第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ

www.instagram.com

源氏物語絵色紙帖 空蝉 詞後陽成院周仁 土佐光吉

なぞかう暑きにこの格子は下ろされたると問へば昼より西の御方の 渡らせたまひて碁打たせたまふと言ふさて向かひゐたらむを見ばやと思ひてやをら歩み出でて簾の はさまに入りたまひぬ

第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ

 

うつせみ(空蝉)

空蝉は源氏物語の一節なり。光源氏(ひかるげんじ)の君、伊豫之助といいしものゝ家にありし女見そめて通いしも逢わざりしかば、源氏その女の弟小君というを召出して侍側とし、伊豫之助の不在に乗じ、小君と同車して彼家に行き、人静まりて後忍び出で玉いしに、その女継娘と碁打ちてありしが、源氏の来れるを知りて隠れて去り、蝉のもぬけの衣ばかり残しぬ、源氏心にもなく残り居たりし娘に会い玉うとなり、扱心ざせし人の脱ぎて残しゝ衣取りて帰り。その翌日源氏のかたより「空蝉の身を出てけり木のもとに なほ人がらのなつかしき哉」と贈りたり、此の歌の故に此巻を空蝉というなりとぞ。

 

『画題辞典』斎藤隆

 

 

《「うつしおみ」が「うつそみ」を経て音変化したもの》
1 この世に現に生きている人。転じて、この世。うつしみ。
「いにしへもしかにあれこそ―も妻を争ふらしき」〈万・一三〉
2 《「空蝉」「虚蝉」などの字を当てたところから》蝉の抜け殻。また、蝉

 

デジタル大辞泉

 

www.instagram.com

空蝉

第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ

www.instagram.com

源氏物語図屏風 帚木 空蝉

第四段 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る

www.instagram.com

げんじ五十四まいのうち 第三番 げんじ空蝉 西村重長

空蝉の身を出でてけり木のもとになほ人がらのなつかしきかな

www.instagram.com

源氏物語五十四帳 空蝉 広重

 

www.instagram.com

源氏香の図 空蝉 国貞改豊国

 

www.instagram.com

能楽図絵 碁 月岡耕漁

ご(碁)

謡曲の名、源氏物の一である、『源氏物語』空蝉の巻に、伊予之介の妻で光源氏と人目を忍ぶ仲となつた空蝉が、三条京極中川の家で軒端の萩といふ女と碁を囲んでゐる処を偶々源氏が垣間見て軒端の萩を知るといふ一節を骨子とし、東国の僧が都上りして此の中川の旧跡を訪ひ、『うつ蝉の身にかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな』と源氏の空蝉に詠んで送つたのもこのあたりと、源氏を口ずさんでゐると、空蝉の霊が現はれ、わが家に招じ、やがてまた軒端の萩の霊も現はれて物語のやうに碁を囲んで見せるといふ筋で、シテは空蝉、ツレが軒端萩、ワキが僧である、その一節を引く。

「それ碁は定恵の二手を見せ、うつ音にあうんのひゞきあり、されば目の前に生死の命期をあらはしては、則ち涅槃のかたちを見す、「石の白黒は夜昼の色、「星目は九曜たり、目を三百六十目に割る事は、是れ一年の日の数なり、碁は敵手にあうて手だてをかくさず、わづかに両三目に従来十九の道有り、ある時は四面をかこまれ、一声をもとめ、ある時は敵を攻めいとせめられ、恋しき時はうば玉の夜の衣をかへしてもねばまやすらむ波枕、浮木の亀のおのづから、一目劫なりと立てゞいかゞ有るべき、されば生死の二つの河を渡りての中に白道をあらはし、黒石はよしなや、今うつ五障三従の、女の身には遁れえぬ、業ふかき石だて、心していざや打たうよ。

 

『東洋画題綜覧』金井紫雲

 

 

 碁(観世・金剛)

常陸国より都へ上る僧(ワキ)が三条京極に着き、この辺りは父親が源氏物語の話をしていた中川の宿の跡であろうと感慨深く古歌を口ずさんでいると、尼(シテ)が現れ、お宿を貸そうと言う。そして源氏の方違いの話から、中川の宿、夕顔の宿の話など語るが、今宵の慰みに碁を打って見せようと言う。相手はと問う僧に軒端の荻と決まっていると言い残し、涙を流し消え失せる。僧の夢に空蝉、軒端の荻が在りし日の姿で現れた。源氏へ昔の思い出も恨みも残っているが、今は懺悔に碁を打って見せましょうと言い、碁の話を語る。源氏の巻の名を言い合いながら碁を打ち始め、空蝉は負ける。空蝉は乱れ心となり、昔、源氏が忍んで来た折、上着を残して逃げ去った事、その苦恨と恋慕が募るが、源氏も軒端の荻も恋しく悲しい深い想いに堕ちたけれど、お僧の回向と碁を打った功徳で成仏した喜びを述べ消え失せる。

 

大槻能楽堂

 

www.instagram.com

源氏物語 空蝉

http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko30/bunko30_a0007/bunko30_a0007_0003/bunko30_a0007_0003_p0006.jpg

絵入源氏物語 早稲田大学図書館

第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ

源氏は恋人とその継娘ままむすめが碁盤を中にしてむかい合っているのをのぞいて見ようと思って開いた口からはいって、妻戸と御簾みすの間へ立った。小君の上げさせた格子がまだそのままになっていて、外から夕明かりがさしているから、西向きにずっと向こうの座敷までが見えた。こちらの室の御簾のそばに立てた屏風びょうぶも端のほうが都合よく畳まれているのである。普通ならば目ざわりになるはずの几帳きちょうなども今日の暑さのせいで垂れは上げてさおにかけられている。が人の座に近く置かれていた。中央の室の中柱に寄り添ってすわったのが恋しい人であろうかと、まずそれに目が行った。紫の濃いあや単衣襲ひとえがさねの上に何かの上着をかけて、頭の恰好かっこうのほっそりとした小柄な女である。顔などは正面にすわった人からも全部が見られないように注意をしているふうだった。せっぽちの手はほんの少しよりそでから出ていない。もう一人は顔を東向きにしていたからすっかり見えた。白い薄衣うすものの単衣襲に淡藍うすあい色の小袿こうちぎらしいものを引きかけて、あかはかまひもの結び目の所までも着物のえりがはだけて胸が出ていた。きわめて行儀のよくないふうである。色が白くて、よく肥えていて頭の形と、髪のかかった額つきが美しい。目つきと口もとに愛嬌あいきょうがあって派手はでな顔である。髪は多くて、長くはないが、二つに分けて顔から肩へかかったあたりがきれいで、全体が朗らかな美人と見えた。源氏は、だから親が自慢にしているのだと興味がそそられた。静かな性質を少し添えてやりたいとちょっとそんな気がした。才走ったところはあるらしい。碁が終わって駄目石だめいしを入れる時など、いかにも利巧りこうに見えて、そして蓮葉はすっぱに騒ぐのである。奥のほうの人は静かにそれをおさえるようにして、
「まあお待ちなさい。そこは両方ともいっしょの数でしょう。それからここにもあなたのほうの目がありますよ」
 などと言うが、
「いいえ、今度は負けましたよ。そうそう、この隅の所を勘定しなくては」
 指を折って、十、二十、三十、四十と数えるのを見ていると、無数だという伊予の温泉の湯桁ゆげたの数もこの人にはすぐわかるだろうと思われる。少し下品である。袖で十二分に口のあたりをおおうて隙見男すきみおとこに顔をよく見せないが、その今一人に目をじっとつけていると次第によくわかってきた。少しれぼったい目のようで、鼻などもよく筋が通っているとは見えない。はなやかなところはどこもなくて、一つずついえば醜いほうの顔であるが、姿態がいかにもよくて、美しい今一人よりも人の注意を多く引く価値があった。派手はで愛嬌あいきょうのある顔を性格からあふれる誇りに輝かせて笑うほうの女は、普通の見方をもってすれば確かに美人である。軽佻けいちょうだと思いながらも若い源氏はそれにも関心が持てた。源氏のこれまで知っていたのは、皆正しく行儀よく、つつましく装った女性だけであった。

  

『源氏物語 空蝉』紫式部 與謝野晶子訳 青空文庫

 

www.instagram.com

源氏物語 空蝉

http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko30/bunko30_a0007/bunko30_a0007_0003/bunko30_a0007_0003_p0009.jpg

絵入源氏物語 早稲田大学図書館

第四段 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る

 人知れぬ恋は昼は終日物思いをして、夜は寝ざめがちな女にこの人をしていた。碁の相手の娘は、今夜はこちらで泊まるといって若々しい屈託のない話をしながら寝てしまった。無邪気に娘はよくねむっていたが、源氏がこの室へ寄って来て、衣服の持つ薫物たきものの香が流れてきた時に気づいて女は顔を上げた。夏の薄い几帳越しに人のみじろぐのが暗い中にもよく感じられるのであった。静かに起きて、薄衣うすもの単衣ひとえを一つ着ただけでそっと寝室を抜けて出た。
 はいって来た源氏は、外にだれもいず一人で女が寝ていたのに安心した。帳台から下の所に二人ほど女房が寝ていた。上にかずいた着物をのけて寄って行った時に、あの時の女よりも大きい気がしてもまだ源氏は恋人だとばかり思っていた。あまりによく眠っていることなどに不審が起こってきて、やっと源氏にその人でないことがわかった。あきれるとともにくやしくてならぬ心になったが、人違いであるといってここから出て行くことも怪しがられることで困ったと源氏は思った。その人の隠れた場所へ行っても、これほどに自分から逃げようとするのに一心である人は快く自分にうはずもなくて、ただ侮蔑ぶべつされるだけであろうという気がして、これがあの美人であったら今夜の情人にこれをしておいてもよいという心になった。これでつれない人への源氏の恋も何ほどの深さかと疑われる。

 

『源氏物語 空蝉』紫式部 與謝野晶子訳 青空文庫