玉鬘・玉蔓・玉葛 たまかずら・たまかづら【源氏物語 第二十二帖 玉鬘十帖の第一】
源氏物語画帖 玉鬘 土佐派
(第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論 第一段 歳末の衣配り)
源氏物語図屏風
(第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出 第五段 都に帰着)
玉鬘 土佐光信
二本の杉のたちどを尋ねずは古川野辺に君を見ましや
うれしき瀬にもと聞こゆ
(第三章 玉鬘の物語 第九段 右近、玉鬘一行と約束して別れる)
源氏物語帖 玉鬘
いと多かりけるものどもかな方々にうらやみなくこそものすべかりけれと上に聞こえたまへば御匣殿に仕うまつれるもこなたにせさせたまへるも皆取う出させたまへりかかる筋はたいとすぐれて世になき色あひ匂ひを染めつけたまへばありがたしと思ひきこえたまふ
(第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論 第一段 歳末の衣配り)
曇りなく赤きに山吹の花の細長はかの西の対にたてまつれたまふを上は見ぬやうにて思しあはす内の大臣のはなやかにあなきよげとは見えながらなまめかしう見えたる方のまじらぬに似たるなめりと
(第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論 第一段 歳末の衣配り)
たまかづら(玉蔓)
一。源氏物語の一巻なり、夕顔の娘るり君というあり、年四歳にして母に後れ、乳母につれられて筑紫に下りしも乳母の夫の小貳というもの死せしかば、再び廿三歳にてめのとと二人して舟にて京に戻られしも寄る辺なく、先づ初瀬に参りて仏を祈る、その折夕顔のかつて召遣はれし右近というが参れるに会ひ、それより源氏がかたへ迎ひ取られて紫の上にあつけ置かる、紫の上いかなる筋にか養ひ給ふを疑ひて詠まれ玉ふ和歌一首
恋わたる身それなれども玉かつらいかなる筋をたづね来つらん
、さればこの君をたまかつらという、またなでしこの君ともいうとぞ
二。謡曲にして源氏物の一なり、源氏物語の玉蔓巻より採れるものなり、旅僧大和初瀬寺に詣でんと志し、初瀬川に到りけるに、玉かづらの霊一婦人となりてあらはれその昔初瀬に詣でし折り日頃より玉かづらを尋ねつゝありしという源氏の君の女房の右近に出会ひ、源氏に召し養はるゝに至れる生前を物語り、僧の回向によりて、本体を現にし成仏することを記せり、処は大和初瀬、季は九月なり。
[2] 枕[一] つる草のかずらの意で使われたもの。① (つるがどこまでも延びてゆくところから)(イ) 「長し」「いや遠長く」などにかかる。※万葉(8C後)三・四四三「玉葛(たまかづら) いや遠長く 祖(おや)の名も 継ぎゆくものと 母父(おもちち)に 妻に子どもに 語らひて」(ロ) 「絶えず」「絶ゆ」にかかる。※万葉(8C後)三・三二四「つがの木の いや継ぎ継ぎに 玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ」(ハ) 延びる意の延(は)うの意で、「延ふ」と同音の「這(は)ふ」にかかる。※古今(905‐914)恋四・七〇九「玉かづらはふ木あまたになりぬれば絶えぬ心のうれしげもなし〈よみ人しらず〉」(ニ) 細長く延びているものの意から、「筋(すぢ)」にかかる。※源氏(1001‐14頃)玉鬘「恋ひ渡る身はそれなれど玉かつらいかなるすぢをたづねきつらむ」
げんじ五十四まいのうち 第二十二番 げんじ玉葛 西村重長
恋ひわたる身はそれなれど玉かづらいかなる筋を尋ね来つらむ
玉葛 月岡耕漁
玉葛(たまかずら)
旅の僧(ワキ)が大和の国初瀬川に来かかると、急流に棹さして一人の女(シテ)が近づく。女は初瀬山の紅葉を愛でつつ僧を二本(ふたもと)の杉へ案内する。僧が「二本の杉の立所(たちど)を尋ねずは古川野辺に君を見ましや」(『源氏物語』玉鬘)という和歌について問うと、女は、それは右近の歌であると答え、筑紫より早船で逃げ帰り、初瀬で母夕顔の侍女右近と再会した玉葛の物語をし、自分はその玉葛の亡霊であると暗示して姿を消す(中入)。僧の回向によって現れた玉葛の亡霊(後シテ)は、髪を乱しつつ、この世への執心ゆえに冥途の闇路に狂うが、生前を懺悔して、妄執を翻して成仏をとげる。
第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出
第五段 都に帰着
こうして逃げ出したことが肥後に知れたなら、負けぎらいな監は追って来るであろうと思われるのが恐ろしくて、この船は早船といって、普通以上の速力が出るように仕かけてある船であったから、ちょうど追い風も得て危ういほどにも早く京をさして走った。
響 の灘 も無事に過ぎた。海上生活二、三日ののちである。
「海賊の船なんだろうか、小さい船が飛ぶように走って来る」
などと言う者がある。惨酷 な海賊よりも少弐 の遺族は大夫 の監 をもっと恐れていて、その追っ手ではないかと胸を冷やした。憂 きことに胸のみ騒ぐひびきには響の灘も名のみなりけり
と姫君は口ずさんでいた。川尻 が近づいたと聞いた時に船中の人ははじめてほっとした。例の船子 は「唐泊 より川尻押すほどは」と唄 っていた。荒々しい彼らの声も身に沁 んだ。豊後介 はしみじみする声で、愛する妻子も忘れて来たと歌われているとき、その歌のとおりに自分も皆捨てて来た、どうなるであろう、力になるような郎党は皆自分がつれて来てしまった。自分に対する憎悪 の念から大夫の監は彼らに復讐をしないであろうか、その点を考えないで幼稚な考えで、脱出して来たと、こんなことが思われて、気の弱くなった豊後介は泣いた。「胡地妻子虚棄損 」とこう兄の歌っている声を聞いて兵部も悲しんだ。自分のしていることは何事であろう、愛してくれる男ににわかにそむいて出て来たことをどう思っているであろうと、こんなことが思われたのである。
第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅
第四段 右近、玉鬘に再会す
「どうもわかりません。九州に二十年も行っておりました卑しい私どもを知っておいでになるとおっしゃる京のお方様、お人違いではありませんか」
と言う。田舎 風に真赤 な掻練 を下に着て、これも身体 は太くなっていた。それを見ても自身の年が思われて、右近は恥ずかしかった。
「もっと近くへ寄って私を見てごらん。私の顔に見覚えがありますか」
と言って、右近は顔をそのほうへ向けた。三条は手を打って言った。
「まああなたでいらっしゃいましたね。うれしいって、うれしいって、こんなこと。まああなたはどちらからお参りになりました。奥様はいらっしゃいますか」
三条は大声をあげて泣き出した。昔は若い三条であったことを思い出すと、このなりふりにかまわぬ女になっていることが右近の心を物哀れにした。
「おとどさんはいらっしゃいますか。姫君はどうおなりになりました。あてきと言った人は」
と、右近はたたみかけて聞いた。夫人のことは失望をさせるのがつらくてまだ口に出せないのである。
「皆、いらっしゃいます。姫君も大人 になっておいでになります。何よりおとどさんにこの話を」
と、言って三条は向こうへ行った。九州から来た人たちの驚いたことは言うまでもない。
「夢のような気がします。どれほど恨んだかしれない方にお目にかかることになりました」
おとどはこう言って幕の所へ来た。もうあちらからも、こちらからも隔てにしてあった屏風 などは取り払ってしまった。右近もおとども最初はものが言えずに泣き合った。やっとおとどが口を開いて、
「奥様はどうおなりになりました。長い年月の間夢にでもいらっしゃる所を見たいと大願を立てましたがね、私たちは遠い田舎の人になっていたのですからね、何の御様子も知ることができません。悲しんで、悲しんで、長生きすることが恨めしくてならなかったのですが、奥様が捨ててお行きになった姫君のおかわいいお顔を拝見しては、このまま死んでは後世 の障 りになると思いましてね、今でもお護 りしています」
おとどの話し続ける心持ちを思っては、昔あの時に気おくれがして知らせられなかったよりも、幾倍かのつらさを味わいながらも、絶体絶命のようになって、右近は、
「お話ししてもかいのないことでございますよ。奥様はもう早くお亡 れになったのですよ」
と言った。三条も混ぜて三人はそれから咽 せ返って泣いていた。
第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅
第六段 三条、初瀬観音に祈願
国々の
参詣 者が多かった。大和守 の妻も来た。その派手 な参詣ぶりをうらやんで、三条は仏に祈っていた。
「大慈大悲の観音様、ほかのお願いはいっさいいたしません。姫君を大弐 の奥様でなければ、この大和の長官の夫人にしていただきたいと思います。それが事実になりまして、私どもにも幸福が分けていただけました時に厚くお礼をいたします」
額に手を当てて念じているのである。右近はつまらぬことを言うとにがにがしく思った。
「あなたはとんでもないほど田舎者になりましたね。中将様は昔だってどうだったでしょう、まして今では天下の政治をお預かりになる大臣 ですよ。そうしたお盛んなお家の方で姫君だけを地方官の奥さんという二段も三段も低いものにしてそれでいいのですか」
と言うと、
「まあお待ちなさいよあなた。大臣様だって何だってだめですよ。大弐のお館 の奥様が清水 の観世音寺へお参りになった時の御様子をご存じですか、帝 様の行幸 があれ以上のものとは思えません。あなたは思い切ったひどいことをお言いになりますね」
こう言って、三条はなお祈りの合掌を解こうとはしなかった。
第四章 光る源氏の物語 玉鬘を養女とする物語
第七段 源氏、玉鬘に対面する
源氏の通って来る所の戸口を右近があけると、
「この戸口をはいる特権を私は得ているのだね」
と笑いながらはいって、縁側の前の座敷へすわって、
「灯があまりに暗い。恋人の来る夜のようではないか。親の顔は見たいものだと聞いているがこの明りではどうだろう。あなたはそう思いませんか」
と言って、源氏は几帳を少し横のほうへ押しやった。姫君が恥ずかしがって身体 を細くしてすわっている様子に感じよさがあって、源氏はうれしかった。
「もう少し明るくしてはどう。あまり気どりすぎているように思われる」
と源氏が言うので、右近は燈心を少し掻 き上げて近くへ寄せた。
「きまりを悪がりすぎますね」
と源氏は少し笑った。ほんとうにと思っているような姫君の目つきであった。少しも他人のようには扱わないで、源氏は親らしく言う。
「長い間あなたの居所がわからないので心配ばかりさせられましたよ。こうして逢 うことができても、まだ夢のような気がしてね。それに昔のことが思い出されて堪えられないものが私の心にあるのです。だから話もよくできません」
こう言って目をぬぐう源氏であった。