螢 ほたる【源氏物語 第二十五帖 玉鬘十帖の第四】
源氏物語画帖 螢 土佐派
(第一章 玉鬘の物語 第五段 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す)
源氏物語絵色紙帖 螢 詞烏丸光廣 土佐光吉
鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆるものかは
(第一章 玉鬘の物語 第五段 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す)
螢 土佐光信
その駒もすさめぬ草と名に立てる汀の菖蒲今日や引きつる
(第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語 第三段 源氏、花散里のもとに泊まる)
螢
源氏三六歳の五月。源氏が蛍の光で玉鬘の姿を兵部卿宮に見せること、源氏の物語論、夕霧と雲井雁の恋などを配しながら、玉鬘にひかれていく源氏の心や、玉鬘をめぐる人々の動きなどを述べる。
風流略源氏 ほたる 磯田湖龍斎
声はせで身をのみ焦がす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ
第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる
第五段 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す
宮は最初姫君のいる所はその辺であろうと見当をおつけになったのが、予期したよりも近い所であったから、興奮をあそばしながら薄物の几帳の間から中をのぞいておいでになった時に、一室ほど離れた所に思いがけない光が湧いたのでおもしろくお思いになった。まもなく明りは薄れてしまったが、しかも瞬間のほのかな光は恋の遊戯にふさわしい効果があった。かすかによりは見えなかったが、やや大柄な姫君の美しかった姿に宮のお心は十分に
惹 かれて源氏の策は成功したわけである。「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消 つには消 ゆるものかは
御実験なすったでしょう」
と宮はお言いになった。こんな場合の返歌を長く考え込んでからするのは感じのよいものでないと思って、玉鬘 はすぐに、声はせで身をのみこがす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ
とはかないふうに言っただけで、また奥のほうへはいってしまった
第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語
第二段 六条院馬場殿の騎射
玉鬘のほうからも童女などが見物に来ていて、廊の戸に
御簾 が青やかに懸 け渡され、はなやかな紫ぼかしの几帳 がずっと立てられた所を、童女や下仕えの女房が行き来していた。菖蒲 重ねの袙 、薄藍 色の上着を着たのが西の対の童女であった。上品に物馴 れたのが四人来ていた。下仕えは樗 の花の色のぼかしの裳 に撫子 色の服、若葉色の唐衣 などを装うていた。こちらの童女は濃紫 に撫子重ねの汗袗 などでおおような好みである。双方とも相手に譲るものでないというふうに気どっているのがおもしろく見えた。若い殿上役人などは見物席のほうに心の惹 かれるふうを見せていた。午後二時に源氏は馬場殿へ出たのである。予想したとおりに親王がたもおおぜい来ておいでになった。左右の組み合わせなどに宮中の定例の競技と違って、中少将が皆はいって、こうした私の催しにかえって興味のあるものが見られるのであった。